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離婚にまつわるコラム

わたしの離婚体験――。 それは十年間ともに過ごした相手の失踪から始まりました。

 

それから二年間、彼は傍目には真面目に働き、父親に肩代わりしてもらった借金を返し続けました。わたしも借金返済にこそ協力はしませんでしたが毎日出勤前にお弁当を届け、休日はできるだけお金を使わなくでも楽しめるよう工夫などして、できるだけ早く返済が済むよう努力を続けました。そして二年後完済したのち私たちは結婚しました。その時私は28歳で彼は32歳でした。

 

ゼロからのスタートだったので式こそ挙げなかったもののふたりで住むマンションを借り、しばらくは穏やかな日々が続いていました。派手好きで見栄っ張りな性格はなかなか変わりませんでしたが、結婚後は毎月の給料をわたしに管理をさせてくれ、彼はその中からお小遣いをもらう、という形で何の問題もなく過ごしていきました。彼の仕事は忙しく、毎日の帰りは夜の10時を過ぎることも珍しくはなかったので、わたしも結婚を機に辞めてしまった会社の上司の紹介で自宅でできる仕事を個人でやらせてもらっていました。そのため経済的にはそんなに不自由はしていませんでしたが、彼の乗っている車のローンがまだだいぶ残っていたことと、その維持費が毎月かなりかかっていたため、将来転勤の可能性もある一家の貯金額というものには到底足りていませんでしたが少しずつ貯金もすることででき、穏やかに見えた日々は五年続きました。

 

五年経ったある年の三月に彼は「会社を辞めようと思っている」とわたしに告げました。実はその前の年に今までとは違う部署に異動になり、その中での対人関係に悩んでいたことは聞いていたのですが、安定した会社だったためかなり良いお給料をもらっていたことや、新卒で入社してからずっとその仕事を続けていたことなどを考えても到底無謀な話だと思い、わたしは反対しました。それに彼は次にやりたいことがあっての転職という訳でもなく、ただ今の職場には不満しかないというようなことをただ話すだけでした。今思えばもっとこの時に強く止めていたら、とも思うのですが遅かれ早かれ同じ事が起きたような気もします。結局彼はわたしの反対を押し切って会社を辞めました。

 

仕事をやめてからは毎日求職活動が始まりました。ですが年齢も年齢でしたし、これといった資格がある訳でもないのでなかなか条件そのものが合う企業すらない状態でした。わたしの予想では彼は何となく大手企業からの転職だし、すぐ次の就職先が決まるものとたかをくくっていたような気がします。ただ都合の良く転職して成功した友人の話を聞き、自分も全くそのようになると信じて疑わないようなところがあったようにも思えます。だから一つの面接を受けたらそれの結果がわかるまで次の会社を探さない、といった甘い態度も見え隠れしていました。そして四社、五社と不採用通知が届いてもまだ彼の楽観的態度は変わりませんでした。自主退社で出る失業保険は会社を辞めてから四ヶ月後に出ることになっていたこともあり、その間わたしはなるべく家計の足しになるよう朝から夜遅くまで仕事をするようになりました。そんな中で彼の「なんとかなるさ」的態度が目に余るようになってきていましたが、プライドを傷つけてはいけないと思いあまりプレッシャーをかけるようなことは言わないようにしていました。そして毎日平日にはハローワークへ出かけて行き、ちょくちょく面接を受けては不採用通知が届くという日々がしばらく続きました。

 

ある朝、いつも通りにハローワークに行くと言って出て行った彼がほんの十分ほどで戻ってきました。「携帯を忘れた。」と言って自分の部屋に戻り、しばらくすると出てきて玄関まで見送ったわたしをしばらく黙って見つめて「じゃあ行ってくるね。」と再び出て行きました。忘れもしないこの日から彼は行方不明になりました。会社を辞めてから半年がたった頃でした。

 

いつもはお昼頃には帰ってきて昼食を食べるのですが、その日は一時を過ぎても二時を過ぎても帰ってきませんでした。心配で電話をしてみると電源が入っていないようで全く繋がらない状態でした。けれどその時はまだもしからしたら友人と会ったり、いろいろと再就職のことで相談をすることもあるかもしれないから夜まで待ってみようという軽い気持ちでいました。そして何の連絡のないまま夜になり、わたしは眠れないまま次の日の朝を迎えました。「もしかしたら再就職がうまくいかない事を苦に・・・。」と最悪の結果も頭によぎり、居てもたってもいられなくなったわたしはまず同じ市内に住む実家の母に電話を入れました。すぐに駆けつけてくれた母に状況を説明すると、母も同じようなことを思ったらしく、お昼まで待ってまだ連絡がないようならまず彼の実家に、そしてその後警察に連絡しようということになりました。案の定その後も何の連絡もなく、携帯も全く繋がらないまま昼が過ぎたので彼の実家と警察に連絡し、その後すぐ制服姿の警官の方が家に来てくれました。失業中だった主人が昨日から帰らず連絡もつかないこと、もしかしたら精神的に追い詰められていたかもしれないことなどを詳しく話すと、警察の方でも自殺の可能性があるとするなら探さなくてはならないということで当日の状況や服装、家からなくなっているものなどありとあらゆることを詳しく聞かれました。わたしはその時になってはじめて冷静に部屋の中をチェックしたのですが、これと言って衣類などがごっそりとなくなっているということはなく、部屋はいつも通りのように見えました。ただ一つ、ふたり兼用で使用していたブランド品の旅行バックだけが唯一なくなっていた品でした。

 

警察の方が帰ったあと、ふと家賃の振込みが今日までだったことに気付いたわたしは母と一緒に近所のATMへ向かいました。そしてカードを入れ、そこに記された貯金残高を見て背筋が凍りました。わたしたちが貯めていたお金がきっちり半分なくなっていたからです。何かの間違いではないだろうか、と何度も金額を確認しても同じでした。倒れそうになるわたしを母が支え、家賃だけはなんとか振込み、フラフラと何も考えられないまま家に戻りました。その時にようやくわかりました。彼は自殺するために姿をくらました訳じゃなく、ただ計画的に家を出て行っただけだと。茫然としたままのわたしの様子を心配して母がこのまま泊まって行くと言ってくれたのですが、父のこともあるので帰ってもらいました。改めてひとりになり、彼の部屋の机の上の雑誌をふと片付けようと持ち上げるとそこに車のキーが置いてありました。それを見た時に「ああ、これは本当の出来事なんだ。彼は何もかもを置いて出て行ったんだ。」という事実が現実味を帯びて襲ってきて、わたしはそのままベッドに突っ伏して声を上げて泣きました。

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